横田めぐみさんの足跡をたどって

Following in the footsteps of Megumi Yokota
【新潟を訪れたついでに、1977年に北朝鮮拉致被害者の横田めぐみさんが失踪したといわれる一角を歩いてみた。めぐみさんが通っていた中学校から日本海まで1キロ足らず。海岸までの道のりは、思い描いていたものとは隔たりがあった。】
During my recent trip to Niigata, I had a chance to walk around an area where Megumi Yokota, who was allegedly abducted by North Korean agents in 1977 at the age of 14, was reportedly abducted, without being noticed by anyone, and taken to the coast of the Japan Sea, where a vessel from North Korea assumedly awaited to take her to North Korea.

私にとって新潟とは、1977年に横田めぐみさんが北朝鮮に拉致された街。
当時のめぐみさんの足跡をたどって、かつてよく報道されていた一帯を歩いてみた。
驚いたことに、報道から受けた印象とは違って、拉致現場は新潟市内の繁華街を抜けて、6、7分のところだった。
中心地からそう離れていない。


報道から受けていた印象というのは、「海岸に続く人通りのない寂しい路上で、拉致されても誰も気づかないようなエリアで拉致された可能性が高い」というもの。
めぐみさんの通っていた寄居中学校の周辺は、向かいを新潟大学の校舎が囲んでおり、界隈はいくつかの学校が立ち並ぶ文教地区。落ち着きがある、閑静な住宅街だ。








拉致実行犯が隠れていたという神社。
やはり考えていたのとは違って、ずいぶん立派で大きな神社だった。
写真は入り口付近を撮っただけ。中に入ればかなり大きくて広い神社だ。



父親である滋さんの勤務先であった日本銀行新潟支店も同じエリア内だったので見てみた。

つまり滋さんの勤務先、めぐみさんの自宅、めぐみさんの通っていた中学校、そして推定される拉致現場は、どれも、約700メートル以内のエリアに所在していたということだ。事件はふだんの生活圏内で発生した・・・そう考えるといたたまれない気持ちになる。
街並みは拉致の報道以来、かなり変わったのだとは思う。
何せ45年も前のことである。
1977年当時、このエリアは、夜間は、ひと気がほとんどなかったのだろう。
歩くほどに、これまで勝手に抱いていた陰鬱なイメージが、どんどん塗り替えられてゆく。



45年前のあの日、中学校から海岸までほぼわずか700mほどの一本道のどこかで、めぐみさんは姿を消した。
街がどんなに変わっても、穏やかな日本海の眺めは45年前そのままなのだろう。
この海岸のどこかで、暗闇の中、めぐみさんを乗せた船は静かに出発したのだろう。
北朝鮮に向かって。

