家族も身寄りもなかった友人のはなし

green trees under blue and orange sky during sunset

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Photo by Lisa Fotios on Pexels.com

家族も身寄りもなかった友人は 、 入院していた時に同室のご縁で親しくなって、先に退院していった人に 

 「私が亡くなったら、葬式をしてほしい。 

 お墓のこともどうか頼みます」

そう託したらしい。 

 
彼女の死後、その方からみんなに連絡があって、はじめてそのことを伺った。 


彼女は、その方に、年賀状の束を託していたらしく、その方は年賀状の差出人ひとりひとりに連絡を取り、それで私にも連絡が来た。


容態が急に悪化して、友人らには連絡が間に合わなかったのかもしれない。

それで入院中に親しくなった人に、大切なことを託すことになったのだろうか。

彼女に聞いてみることは、いまではもう叶わないので、あくまで推測なのだけれど。

 
彼女のお墓は、小高い丘の上にある、眺めのよいところだった。

それはもう二十年も前の話で、お墓参りをしたのは真冬だったが、彼女のお墓にはぽかぽかと柔らかな陽射しが注いでいた。


「こんなよいところにお墓を用意してもらってよかったねえ。

家族以外の、病院で知り合っただけの人にそこまでしてもらって、○○さんは幸せ者だねえ」

私たちは口々に言い合った。

身寄りもなくひとりで急に亡くなっていった彼女の無念さ、さびしさを埋めようとするかのように。


急にそんな大切なことを頼まれることになったその方も、さぞかし荷の重さを感じたことだろう。

私たちは、友人のためにお墓を用意してくれたその方と、メールのやり取りだけで、直接お会いすることはなかった。

だが、その方の責任の重大さ、大変さを思った。

そして家族ではない彼女のために、ここまでしてくれたことに、友人として感謝した。


もしかして、友人は、彼女の財産をその方に相続するという約束と引き換えに、葬儀やお墓の取り計らいをしてもらったのかもしれない。

これまた想像にすぎないのだが。


なぜ、わざわざ、二十年も前の話を今ごろ書いているのか。

あれから二十年が経ち、自分も死にぐっと近付いてきたということ。

老後に死後の始末をしてくれる家族も身寄りもない人が、今後増える一方だろうなと思うからだ。

それで暖かい冬の日にみんなで一緒にお墓詣りした日のことを、急に思い出した。


このような独り身の高齢者の死後の始末については、一般的には行政が公費負担で対応することになるのだろう。

「身元保証」のトラブルが急増している、という記事も目にしたことがある。



どのように死んでいきたいのか。

私も、これから、真剣に向き合っていかなくては。

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